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人生朝露

人生朝露

『ダークナイト』と荘子 その2。

荘子です。
荘子です。

『ダークナイト( The Dark Knight)』(2008)。
『ダークナイト(The Dark Knight 2008)』と荘子の続き。

参照:『ダークナイト』と荘子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5131/
↑こちらは必ずご覧下さい。

荘子 Zhuangzi。
『民之於利甚勤、子有殺父、臣有殺君、正晝為盜、日中穴杯。吾語女、大亂之本、必生於堯、舜之間、其末存乎千世之後。千世之後、其必有人與人相食者也。」(『荘子』庚桑楚 第二十三)
→民衆の利害の感情を煽ると、子が父を殺し、家来が主君を殺し、人前で人の物を盗んだり、真っ昼間に蔵に穴を開けるような輩が出てくるだろう。だから、お前に言っておくよ。世界の混乱の元凶は舜や堯の聖人の時代から始まった。知者を尊び、利害で物事を考えることを是とするならば、それは千代の時代まで禍根として残る。このまま人為の価値を推し進め続けるとするならば、千代の後、人間がお互いを相食むような世も来るだろう。

ジョーカーの尋問シーン。
“ I'll show you. When the chips are down, these... these civilized people, they'll eat each other. See, I'm not a monster. I'm just ahead of the curve. ”(見せてやるよ。窮地に陥ったとき、あの「文明人」とやらが、互いを相食むようになることを。オレは怪物じゃない。ただ、曲がり角の先にいるだけさ。)

・・・『ダークナイト』でのジョーカーのセリフが荘子の引用ばかりということについて。

参照:Heath Ledger - Incredible Acting
http://www.youtube.com/watch?v=u8PxG5zvgOM

今回は、順不同でセリフを抜粋します。

ジョーカーの尋問シーン。
Batman: You're garbage who kills for money.(お前は金のために人を殺すクズだ。)
The Joker: Don't talk like one of them. You're not! Even if you'd like to be. To them, you're just a freak, like me! They need you right now, but when they don't, they'll cast you out, like a leper! You see, their morals, their code, it's a bad joke. Dropped at the first sign of trouble. They're only as good as the world allows them to be.(サツみたいな口ぶりは止めろよ。アンタは違う!たとえそうありたいと願っているとしてもな。あいつらにとってはアンタは異常者なのさ、オレと同じで。今は頼りにされているけど、そのうちお払い箱だよ。癩病者みたいにな。あいつらの口にする、倫理だの規範だのというのはさ、タチの悪い冗談だよ。困ったことが起きたらすぐさまポイッと捨てちまうんだぜ。あいつらは、自分の都合のいい範囲でだけ「善良な市民」でいるのさ。)

荘子 Zhuangzi。
『孔子曰「凡人心險於山川、難於知天。天猶有春秋冬夏旦暮之期、人者厚貌深情。故有貌愿而益、有長若不肖、有順懁而達、有堅而縵、有緩而釬。故其就義若渴者、其去義若熱。」』(『荘子』列御寇 第三十二)
→およそ人の心は山川よりも険しく、天よりも知りがたい。天にはまだ春夏秋冬の四季、朝晩の順序の移り変わりが見て取れるが、人は心情を容貌を厚く覆うことで隠したがるものだ。故に、外見は誠実そうでいて内面は横柄であったり、有為なようでいてできそこないであったり、几帳面なようでいていいかげんであったり、勤勉なようでいてのんびり屋であったり、鷹揚なようでいてせっかちであったりする。人は、渇きに苦しむ者のように正義にすがりながら、焼け石を放すようにその正義を捨て去る。

・・・自分の内面を取り繕って外観を飾り、矛盾をはらんだままの自己を埋め合わせるかのように正義を求め、興味を失えばポイッと捨てる。正義を熱に喩えることに共感を持ちます。ユング心理学における「ペルソナ」の概念にも共通点の多い箇所です。

ジョーカーのセリフの中に、“like a leper(癩病者みたいに)”という言葉がありますが、ここも『荘子』の記述と一致します。外見を大きく変えてしまうため歴史上徹底した差別の対象となってきた癩病(ハンセン病)について、『荘子』にはこうあります。

荘子 Zhuangzi。
『物固有所然、物固有所可。無物不然、無物不可。故為是舉莛與楹、癩與西施、恢恑憰怪、道通為一。』(『荘子』斉物論 第二)
→物はそうなるべくしてそうなるところがあり、本質的にそうなるべき要素を備えている。したがって、すべての物はあるがままの状態で不可なるものはなく、すべての物は可なのである。茎と柱、癩病者と西施、珍しい物と怪しげな物は、道を通じて全てが一である。

参照:朝三暮四の認識論。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5101/

荘子は「中庸」を説明する過程で、ハンセン病の患者と絶世の美女・西施を引き合いに出します。でたらめ、というか、見る人によっては極端なかたちで「美・醜」を対比し、人間の価値基準というのは相対的なものであるということを指しているわけです。一般的な人間の容貌の価値基準があると仮定した場合、どちらも共に異常者であり、同時に道に内包されているという考え。「バカと天才は紙一重」という言葉かありますが、バカも天才も一般人から見れば立派な異常者ですよ。「正義を司る人は偉い」という価値基準からすれば、正義を振りかざす人は立派かもしれませんが、歴史を紐解いてみれば、「自称・正義の人」以上の人殺しなんていやしません。

How many did God kill vs Satan?
一部の宗教書だってそうですよ。

正義や倫理についてのジョーカーの会話の中に、唐突に容貌の価値基準の話が出ていることについて、「クリストファー・ノーランは『荘子』を参考にしている」という一つの仮定のみで、整合性が得られます。

参照:人のかたち、渾沌のかたち。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5089/

ジョーカーの尋問シーン。
The Joker: You have all these rules and you think they'll save you!(アンタはルールばかりすべてが治まるとでも思っているところが、おめでたいんだよ。)
Batman: I have one rule.(オレのルールは一つだ)
The Joker: Oh, then that's the rule you'll have to break to know the truth.(そのルールを破るのが真実を知るために必要なのさ。)
Batman: Which is?(何だと?)
The Joker: The only sensible way to live in this world is without rules.(この世界ではルール抜きに生きるのが賢明なんだよ。)

「真・女神転生」 悪魔の属性図。
ここで、バットマンとジョーカーが法と混沌の横軸の極に対置していることがセリフの上でもはっきりとします。

荘子 Zhuangzi。
『且徳厚信矼、未達人氣、名聞不爭、未達人心。而彊以仁義繩墨之言、術暴人之前者、是以人惡有其美也、命之曰菑人。菑人者、人必反菑之、若殆為人菑夫。』(『荘子』人間世 第四)
→徳が厚く信義の念が固いとしても、人の気に達したとはいえない。未だ人の心を知ったわけでもないのに、名聞を争うものではない。暴人を前にして仁義で凝り固まった言葉を投げつけたところで、それは他人の悪につけこんでて己が美徳を振りまくだけのこと。このような者を災人と呼ぶ。人の心を理解せず、独善を押しつけることで周囲に災いを振りまく災人は、相手から必ずその災いの報復を受けることとなる。

・・・短期的なストーリーでいうとここかなと。

ただし、一番印象的なセリフがこれ。
ジョーカーの尋問シーン。
Batman: Then why do you want to kill me?(何故オレを殺そうとする?)
The Joker: I don't, I don't want to kill you! What would I do without you? Go back to ripping off mob dealers? (ハハハハ!オレがアンタを殺す?なんで殺さなきゃいけない(笑)?アンタなしじゃ、オレは売人から金を巻き上げるケチなチンピラに逆戻りだ。)
The Joker:No, no, NO! No. You... you... complete me.(いやだ、いやだ、冗談じゃない!アンタは、アンタはオレを補ってくれる。)

太極図です。
“you... complete me.”と絞りだすように言います。対極に位置するお互いの存在はお互いを補完をする間柄であり、コインの裏表であり、一蓮托生である。と言っているわけです。

分かりやすく言うと、
ドラゴンボール 神様。  ドラゴンボール ピッコロ大魔王。
『ドラゴンボール』の神様とピッコロ大魔王の関係ですよ。「神様が死ねばピッコロ大魔王も死ぬ」。

荘子 Zhuangzi。
『「(中略)聖人生而大盜起。」掊擊聖人、縱舍盜賊、而天下始治矣。夫川竭而谷虛、丘夷而淵實。聖人已死、則大盜不起、天下平而無故矣。聖人不死、大盜不止。雖重聖人而治天下、則是重利盜跖也。』(『荘子』胠篋 第十)
→「(中略)聖人が生まれたから盗賊が起こった」という。聖人を討ち滅ぼし、盗賊を野に放ってこそ、天下は治まる。川が涸れて谷は虚しく、丘が崩れて淵が満たされる。聖人が死ねば盗賊は起こらず、かくして天下は太平となる。聖人が生きている限り、盗賊がはびこる。聖人が天下を統治しようとすればするほど、大盗賊・盜跖を利する結果となってしまう。

「聖人が死ねば、盗賊は起こらない」。「バットマンがいなくなれば、ジョーカーもいなくなる」。「バットマン(聖人)なき社会」というのは、荘子読みとしても重要なのでいずれ。

今日はこの辺で。


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